医療法人 東永内科リウマチ科

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リウマチのお話その2


 
関節リウマチのお話2
 
【後編 リウマチ薬物治療の変遷と進歩について】
前編ではリウマチの語源や原因、遺伝子素因、初期症状、診断基準やその問題点などを御紹介しましたが、後編ではリウマチ薬物治療の変遷と進歩 リウマチの患者さんも治る人が見られるように、時代は完全治癒・関節修復を目指す治療へ向かうお話です。

 

まず始めに

関節リウマチの歴史は古く、古き著名人でも、フランス絵画の巨匠『ルノアール』やダイナマイトを発明しノーベル賞を創始した『アルフレッド ノーベル博士』や、推理小説の女王、『アガサ・クリスティ』も関節リウマチを罹患し、当時は痛みや治療に苦労したエピソードが残っています。

ルノアールがリウマチに悩まされた1900年初期ではリウマチの治療法等殆どなく、関節変形の予防手段はありませんでした。意外と知られていないノーベル博士もリウマチに罹患していましたが、奇しくも1948年にリウマチ特効薬である『ステロイドホルモン剤』を発見したフィリップ ヘンチ博士が当時のノーベル医学生理学賞を受賞しました。

 
関節リウマチのお話2

1948年当時にリウマチで寝たきりで苦しむ患者さんにコルチゾン(ステロイドホルモン剤)を内服投与させたところ、翌朝にはベッドの横でダンスを踊っていた。この逸話が当時のニューヨーク・タイムズ新聞に"奇跡の薬"として取り上げられました。

しかし!1950年代の当時はステロイドの治療に対する研究や治療学が不十分であり、現在の様に適正に使用されなかった為、糖尿病、全身の浮腫み、肺炎などの感染症、骨粗鬆症、胃潰瘍、精神的症状など今度はステロイドの副作用に悩ませられる結果になってしまいました。

 
関節リウマチのお話2

1960~1970年代の治療としては、ステロイドの功罪が明確となり、関節変形が起これば手術、また変形しては手術と言う整形外科的治療が主流で、生活機能が失われる人が多く存在しました。飲み薬の治療として、脱ステロイドの観点から推理小説家のアガサ・クリスティさんが苦労した1970年代には、現在の消炎鎮痛剤(ロキソニン®やボルタレン®、バファリン®)が治療の主体となりました。しかし痛みを取るのがやっとで、関節破壊予防や手術回避までは到底達しない状況でした。

 
関節リウマチのお話2
消炎鎮痛剤必要以上に内服する胃潰瘍腎障害に、頻度は少ないですが心臓病脳卒中を間接的に引き起こす原因となってしまいました。ステロイドや、消炎鎮痛剤に代わる副作用の少ない、また関節破壊の予防と手術を回避しうる薬効を持った、抗リウマチ薬の研究と開発が望まれました。

 
関節リウマチのお話2

1970年中盤になり、現在でも使用される『金製剤』であるシオゾール®が漸く開発され一部の関節リウマチ患者さんに奏功しました。1980年になり関節破壊を抑制できるメタルカプターゼ®、ステロイドと比較し副作用が少ない、カルフェニール®、リドーラ®といった抗リウマチ薬が次々と発売されました。1990年に特効薬のリマチル®が開発され、こちらも一部ですが大変効果がありました。
1950年~ 痛みをとる治療 ステロイドのみの治療 1948年
コルチゾール
1970年

消炎鎮痛剤

中心の治療
1970年
シオゾール
1980年

関節破壊を

止める治療
抗リウマチ薬
使用開始

1984年

メタルカプターゼ
カルフェニール
1986年 リドーラ

1990年 一部併用治療の開始 1992年
リマチル
1995年にリウマチ治療を革命的に変えたメソトレキセレート(通称MTX 商品名メトレート®リュウマトレックス®)が開発されました。痛みをとる治療→関節破壊を止める治療→寛解と手術回避を目指す治療と治療内容も変遷を遂げましたが、

しかし!! 治療効果に大変個人差がある
薬の副作用管理や、薬の選択の仕方各病院、各医者に因って異なり治療がバラバラでありました。

 
関節リウマチのお話2

各医者に因って診断もバラバラ、治療も医師主導で独善的な治療の事が多く『○○さんと、○○さんには効果あるから、あなたもこの薬を飲みなさい』とか、患者さんが質問しても『副作用出た患者さんを診た事がないから分らない』とか・・・これを一蹴したのが、そう、『疫学と統計学』だったのです!!

 
関節リウマチのお話2

疫学とは?数多くのリウマチ患者さんの診断、治療経過を統計学的に科学的に分析し、『疾患と治療が健康に影響を与える要因を研究する学問』であります。残念ながら当時の日本の疫学 統計学は大変貧弱でありましたが、1995年以降は日本リウマチ学会の主導で疫学研究は大きく前進しました。関節リウマチの診断や治療に対して、数多くの医学論文や研究データを踏まえて危険因子と有益因子を公平的に総合的に評価しました。この科学的な治療法の集約が日本リウマチ学会の治療ガイドラインであります。

 
関節リウマチのお話2

また、学会主導でリウマチ専門医を育成し、リウマチ医への教育、日本リウマチ学会での教育研修強化、臨床経験の充実、論文作成を義務化した事も、日本のリウマチ治療の進歩の一つと言えます。
1990 リウマチ治療の変革の始まり 1995年
メソトレキセレート®(MTX)
2000年

寛解と手術回避を

目指す治療

(1)関節リウマチの疫学や統計学の革新的進歩
(2)リウマチ学会専門医の育成

(3)日本リウマチ学会の治療ガイドラインの策定

早期抗リウマチ薬投与普及
2002年アザルフィジン®

抗リウマチ薬3剤併用投与
2002年に抗リウマチ薬である、アザルフィジン®、リマチル®、メトレート®併用療法が確立し、『関節破壊を止める治療』⇒『寛解(薬は必要であるが、健常者と同じ生活出来る)と手術回避を目指す治療』に変遷を遂げました。しかし一方で、確率は少ないものの、薬剤による 腎障害 肝障害 消化器症状 血液障害 間質性肺炎 薬疹等が発症し、薬の副作用管理が大変重要となり、服用継続できない患者さん薬剤の効果が得られない患者さんのマネージメントも大変重要となりました。

 
関節リウマチのお話2
 

2003
生物学的

製剤導入
完全寛解・関節修復を
目指す治療へ

2003年
レミケード ®エンブレル®
2005年
プログラフ®
2008年

アクテムラ® ヒュミラ®
そして2003年に関節リウマチにまたも革命的な治療薬、生物学製剤レミケード®(インフリキシマブ)が誕生しました。抗体を産生する生物細胞から、遺伝子組み換えにて作られた免疫抗体を抽出。その抗体が選択的に特定の免疫異常物質であるTNFα(腫瘍崩壊因子)に結合し、TNFαを破壊。これにより、リウマチの炎症反応が改善し、免疫細胞の骨破壊を抑制、効果を存分に発揮しました。

 
関節リウマチのお話2

難治性のリウマチ患者さんにとっては大いなる福音となり、ステロイドホルモン剤誕生の1948年から65年が経過。上述した逸話、寝たきりで苦しむ患者さんステロイドを投与した翌朝にはベッドの横でダンスを踊っていた・・・と言う話が、ストレッチャーで搬送され大学病院に入院した患者さんが、階段を足早に駆け下り退院したという逸話に変わりました。(本当の話です)

 
関節リウマチのお話2
 

TNFαの免疫細胞への結合を妨げるエンブレル®(エタナルセプト)も同時期に発売され、レミケードと同等の効果が得られ、上述のMTXの併用にてさらに治療効果が得られる様になりました。2008年にTNFα(腫瘍崩壊因子)により結合力の高いヒュミラ®(アダリムマブ)TNFα以外の免疫異常物質であるIL-6(インターロイキン6)を失活させる、純国産、日本で開発されたアクテムラ®(トシリツマブ)も誕生しました。

2012年

 

完全治癒を目指す治療へ

生物学製剤の充実

治療ガイドライン再編成

2011年 オレンシア®
2012年 シンポニ―® ケアラム®
2013年 シムジア®

2011年には間違った情報を伝達する樹状細胞とリンパ球の接合を遮断するオレンシア®(アバタセプト)が登場し、2012年になり、さらに薬効が高い生物学製剤のシンポニ―®(ゴリブマブ)シムジア®(セルトリツマブペゴール)に加え、新しい飲み薬の抗リウマチ薬のケアラム®(イグラチモド)も続けて誕生。治療効果のさらなる向上が得られ、治療選択肢がさらに大幅に拡大しました。

そして、もう一つ、驚くべき事態が!!元に戻らないとされていた、骨の溶解が、生物学的製剤治療により修復され、骨病変が元に戻ったのです!!

 
 

当院の患者さんの実際の写真ですが、5年の経過で手根中手関節と橈骨中手関節の裂隙(矢印)の狭小化は進行してしまいましたが生物学製剤の使用で中手骨基部の骨修復が明確に認められました(赤枠)

関節破壊を止める治療 寛解と手術回避を目指す治療完全寛解・関節修復を目指す治療への変遷の始まりと言えます。

しかし!!治療費が大変高額である事、肺炎などの感染症頻度が高くや結核菌の重症化B型劇症肝炎間質性肺炎中和抗体が出来てしまい薬が効かなくなる僅かな発がん性の可能性など問題点は少なからずですが、様々に存在します。
 

関節リウマチのお話2

この世の中に絶対安全な薬は存在しませんが、疫学や統計学の進歩、日本リウマチ学会での情報の共有や、治療の統括がなされ、最小限の副作用で、最大限の治療効果を発揮できるように日々安全面でも大きく進歩 進化しています。
 

関節リウマチのお話2


 

疫学、統計学、科学もとても大事ですが、治療効果にはやはり個人差があり、ルノアールのリウマチ罹患から100年が経っても、治療で最も重要な物は『患者さんと医者との信頼関係』と間違いなく言えるでしょう。治療面で患者さんにも十分参画してもらい、診療に対しての困り事、心配事や希望などをお話して頂き、それを医師が十分に傾聴し信頼関係を構築する事が今後さらに100年経っても変わらぬ最良の治療法と言えるでしょう。

早期発見、早期治療開始にて、関節リウマチは寛解だけでは無く、治療薬を中止しても悪化しないで治癒する、患者さんも見られるようになり、時代は完全寛解・関節修復を目指す治療 ⇒『完全治癒を目指す治療』に変遷、発展を遂げつつあります。

 

東永内科リウマチ科も、リウマチ専門医療機関として、今後も患者様、家族様に満足して頂ける、安心、安全、最良、最新、最安(可能な限り)治療を提供できます様、努力して参ります。

 
関節リウマチのお話2
 

生物学製剤が世に出た翌2004年に専門医に認定、以後3年毎に再審査があり2回目の更新です
リウマチ診療歴20年、リウマチ専門医取得後10年目になりますが、日々自己研鑽し頑張ります!!
文責 東永内科リウマチ科 リウマチ科担当 兪 炳碩